妻との交際を語ろうと思う

【妻は私と季節を歩く】
私は妻と交際を始めた。
交際があってもなくても、妻が日本に留学している間は色々な場所に連れて行こうと思っていた。
できるだけ季節のモノを感じてほしかった。

 

==========
エストニアは日本と違い、夏は乾燥し、冬は日照時間が兎に角短い。
12月は9時ごろに明るくなり、15時には夕闇が辺りを覆う。
平均気温も低く、所謂北欧と呼ばれる。
==========

 

欧州と日本での植生の違い、自然の違い、食べ物の違い、
生活の違い、建物の違い、文化の違いetc
兎に角色々な物を知ってほしかった。
例えば、
秋に紅葉を見に行った。
冬に夜景を見に行った。
年始の親族の集まりに行って正月感を感じてもらった。
春に桜を見に行った。
夏は海岸に行って海に足をつけた。

季節の移ろいがとても楽しみだった。

 


【私達の付き合い方】
妻は留学中の為、平日は学校がある。
私は土曜日以外の週6日で仕事がある。
できるだけ外出の時間を確保する為、金曜日の仕事後に迎えに行った。
仕事は朝早く、夜も遅かった。
なかなか大変ではあったが、毎週末が楽しみだった。

交際を始めた時、私は20代後半だった。
そのため交際は真面目にしようと考えていた。
「好きだから」だけでの交際はしたくなかった。

 

私は妻に、
「私は真面目に付き合おうと思う。それこそあなたと結婚するつもりで付き合いたい。」
「だからあなたも日本にいる期間、私と結婚してもよいと思えるか。私と結婚観や結婚後のイメージを持ってほしい」
「合わないと思ったら別れよう。それくらい真面目に付き合いたい」
そんな感じの事を妻に言ったと思う。

結論を言えば、妻は真面目な人だったので、伝えて正解だったように思う。
私達は結婚を前提にした交際をした。

 


【友に話し、放された箸】
妻と私には共通の友人がいる。
そこまで大きな界隈ではないので、それぞれで繋がっているという事は起こる。
私達の場合もそうだった。

 

==========
私の場合は、みのりんの独立後、NEO FANTASIAツアーの東京公演で知り合ったと思う。
その翌年、河口湖で改めて話をした。
河口湖では私一人と友人、それに加えて数年後には大事な友人となる一人ともこの時に会った(気がする)
==========

 

妻の滞在先の近くにその友人は暮らしていた。
隣の駅とかそれくらいの近さだった。
妻と友人は都合を合わせ、晩御飯の約束をした。
それは金曜日だった。
私が迎えに行く日だった。

前もって私が行く旨をその友人には伝えていたと思う(当日だったかもしれない)
しかし友人は「なんでこいつがいるんだ?」と思っていたと後日言っていたと思う。

食事をしながら妻は友人に伝えた「私達、付き合ってます」と。
きょとんとした友人は合点がいった顔をした。

 

冬か春頃だったと思う。

 

==========
これはInocent Ageツアーの頃。
私と妻はIAツアーの横浜に参加した。
その頃、河口湖で会った友人達が話していた話を後日聞いた事。
「ナミちゃん(妻のこと)に彼氏いるんだって」
「は?マジかよ。許せねえ、誰だ私らのナミちゃんに手を出したやつは」
「びふだよ」
「あいつじゃしょうがない」
僕の当時の評価はどんなだったのでしょうか・・・
==========

 


【妻は私とこれからを歩くと誓う】
IAツアーを終えた。
留学期間の最後の季節である夏が来た。
妻が留学を終えて国に帰るまで2ヶ月を切った。
私はプロポーズしようと妻のもとへ赴いた。

 

私達は彼氏彼女から婚約者になった。


最後の夏、私達は河口湖へ向かった。
妻は「河口湖のライブに参加したかった。ニコ生で見ていて、映像で見ていて楽しそうだった」と少しはしゃいでいた。
私は別の意味ではしゃいでいた。

 

 

【妻は私と河口湖を歩く】

これは私のツイッターで呟いたことがあるが
河口湖のライブであるSummer Dream 4(2016)での話。
MCの一端で「IAは恋の出会いと成就のアルバム。このツアー期間中に2人の関係が変わった人はいるだろうか」
という問いかけに2組のファンが反応した。
「結婚した」と反応した女性。
会場はおめでとうの反応と拍手。
私は隣で参加していた妻に聞いた
「私達のこと言っても良いだろうか」
「言いたいならどうぞ・・・」
物販で手に入れた紙製の麦わら帽子をかぶり、上目遣いをした顔はとてもかわいかった。
「婚約しました!!」私は叫んだ。
「え?結婚?」聞き返すみのりん
「婚約です!」と再度叫び二人をアピールした。
「おめでとう!!」みのりんの声と会場の拍手は、私達には最上の祝福の一つだった。
その後、アンコールで1番サビを歌う時に私達に気が付いた。
丁度1階の一番後ろの席だった。アンコールでは通路を使用してトロッコからの披露だった。
なのでトロッコに乗ったみのりんは気が付いた。
サビ後に改めておめでとうと言われた。
その時のみのりんの顔を忘れることはないだろう。
それ以上に、「また言ってもらえた!」とはしゃぐ妻の笑顔の方が眩しかった。
ライブもそっちのけで、人目もはばからず抱きしめたくなるような想いが湧き出た。


そうして多くの思い出を残して妻が過ごす留学期間が終わる。

 


8月の最後の日。
留学期間を終え、妻は残りの大学の卒業の為に帰国した。
私達は少しの間、離れ離れになった。

妻との馴れ初めを語ろうと思う

これは私と妻とが出会った話。

事の始まりはTwitterだった。

私はリアル用アカウントと、茅原実里用のアカウントを作っていた。
茅原実里用のアカウントは誰となく適当にフォローしていた。
それこそアカウント名に「みのりん」、「曲名」が入っているか、
アカウント画像に茅原実里が入っていたらフォローしていた。
それほど気にせずフォローボタンを押していた。


==========
その頃の私といえば、恋人と別れ傷心中だった。
酷くメンタルをやられていた。
それこそ、亡くなってしまった方が楽なのだろう。
日常に色がなくなるとはこの事なのだろう。
私にとってはメンタルをやられるほどの、2度目の大きな失恋だった。
この頃にわかったことが一つあった。
「死神は人生の向かう先で待っているのではなく、影のようにそばにいるのだ」と。
「何かふとした時に、自分が弱ったときに、本当に些細なことで突然肩を叩いてくる」と。
==========


妻の事について、最初の印象は「時間」だった。
私は農業従事者だったので、朝は非常に早かった。

5時に起きて、6時には職場にいる。
朝に収穫し、収穫後はトラクターで耕起か施肥をしていた。
ある時は苗植えをしていた。

ラクターに乗っている時の最大の戦いは眠気である。
特に午後のトラクターはキツイ。
だだっ広い畑の中、時速3kmほどで走るトラクター。
車内はエンジンの揺れと適度な温度。
それはもうとにかく厳しいものだ。
エンジンの揺れなのか、自身で漕いだ船なのかわからなくなる。
そんな時、少しでも寝ない為の抵抗として社外に出て携帯をさわる。


・・・3月のある晴れた日、春の日差しと午後の眠気の中で私はTwitterを見ていた。

そして気が付く。
「この人なんで毎日15時ごろに『おはよう』と呟いているのだろう」と。
翌日もその翌日もやはり同じように15時ごろに呟いていた。
私は「ああ、多分夜勤の人なのだろう。朝に返ってきて寝たらこれくらいだもんな」と考えていた。
まだこの時は変わったフォロワー位だった。


ある日、何となく話し始めた。
本当に何気なかった。
最初は15時ごろの「おはよう」に対しての挨拶を何回かしていた。
そのおかげで私と妻はTwitter上で顔見知りになった(不思議な表現)。
その後(多分GWの頃)、「日本大使館前の桜が綺麗」という写真つきのツイートを妻は呟いた。
そして僕たちはそこから全てを始めた。
この人はどういう人なのだろうと会話を進める。
男か女かも知らない。話していく中で「丁寧に話す人だな」と感じた。


妻と話していた内容は本当に些細なこと。
それぞれがTwitterやLineで話すような内容をずっとリプライしていた。
当時話していた内容など正直覚えていない。
途中からは
「この会話どこまで続くのだろう・・・」
「続く限りは続けてみたいな」
などと考えていた。
会話の中で、エストニアという国を紹介された。
大学生だと知った。
日本に留学することが決まったと聞いた。
日本の音楽から日本に興味を持ったという事を知った。

私と妻との会話が続くたび、周囲の反応がざわついていた。
結局、リプライは1000通を超えた。


==========
会話を始めた頃、妻のTwitterアカウント画面をのぞいた。
I'm Estonian・・・・・
私「!?」
私「エストニア人!?え?把瑠都関の?バルト三国の?」
その衝撃は今でも覚えている。
==========


初夏のある日、とある人からDMをもらった。
「妻ちゃんと付き合っているの?」と。
私「いや。付き合っていないよ。どうして?」
「みんながTL(?)で付き合っているのかな?とか話しているから」
私「日本に来た時には色々な場所に案内したり支援するつもり」
そんな話をした。
私は妻に対して日本という国を、文化を色々見せてあげたかった。
エストニアはとても平らな国。
だから日本の山を見せてみたい。
住んでいる場所は海際の都市。
じゃあ日本の海や都市を見せてみよう。
それくらいの事を考えていた。


秋になる。
妻が日本に来る日が近づいてきた。
私は仕事が休みなこともあり、空港に行く約束をした。
多分、この頃には私は妻の事を好きになっていたと思う。
一方で「この人本当にエストニア人女性なのか?」
「私は騙されているんじゃないか?」
「どうしよう。ドッキリでおじさんだったら・・・」
などと考えていた。
「おじさんだったらいっそリスペクトをもって友人になってもらおう」
妻の来日が楽しみであり、不安だった。


10月、妻が初めて日本に来た。
妻は空港で「YOUは何しに日本へ」のインタビューを受けたそうだ。
いや、その後私も受けたのだけれどw

妻が空港にいた。
金のような、栗色のような、不思議な髪色の女性がそこにいた。
「本当に外国人だ」それが正直な感想だった。

 

それから先、しばらく経って私達は交際を始めた。

寂しい冬ではなくなった。

(Re:Contactを全く聞いていない状態で)Last Liveを予想しよう【みのりん】

こんにちは。
今週はついに茅原実里のミニアルバム「Re:Contact」が発売されますね。

確かジャケット解禁が先月。
そして先行カットが解禁されていますね。

私は聞いていません(あえて)
収録曲のタイトルだけで何となく想像しています。

きっと、Contactをはじめとした様々な楽曲たちのオマージュがアレンジに入っているのでしょう。
聞くのが楽しみです。
そしてタイトルや作詞者の面々からにじみ出る茅原実里楽曲の思いが言葉になっているのでしょう。


さてどうせなら発売前に、楽曲をひとかけらも聞いていない状態でLast Liveのセットリストを予想してみましょう。
どういう位置づけなのか、まっさらな状態の予想と、
多分やるであろう「僕、私のセットリスト」との突合せをやってみたいと思っています。

ただ、現在だけでも
・サービス満点、狂ってるじゃんセトリ
・きたら素敵だなセトリ
・無難セトリ
などがあります。

多分、今後何回かに分けてセトリ予想verXXを書くでしょう。

========Re:Contact聞く前に考えたセトリ========
1.Re:Contact
2.いつだって青空
3.FEEL YOUR FLAG

MC1
4.詩人の旅
5.Voyager train
6.Fianl Mratorium

MC2
7.Dream Wonder Formation
8.TRESURE WORLD
9.Love Blossom
10.夢幻SPIRAL

Theme of CMB

11.HOPEFUL SOUL
12.ありがとう、だいすき
13.A.B.Y

MC3
14.境界の彼方
15.君がくれたあの日
16.Paradise Lost
17.TERMINATED
18.Freedom Dreamer
19.We are stars!

EC
20.Lush March!
21.みちしるべ
22.Sing

EC2
23.純白サンクチュアリ


================================================
【Re:Contactの楽曲予想】
Re:Contact
→Contact~詩人の旅を彷彿するようなメロディアスな打ち込み系楽曲。
→端的に言って、”初期のthis is Minori Chihara”

A.B.Y
→BAYは「贖罪」って意味?とすると暗めの曲?
→ただの贖罪ではなく、プラスワンあると思う。または何かの頭文字?

FEEL YOUR FLAG
→多分Lush March!やBEST MARK SMILEの弟分にあたる曲でしょう。

いつだって青空
→作詞がこだまさおり・・・・ああ、これは可愛い楽曲ですね。多分氷菓のOPみたいな感じだろうなと予想。

Sing
→for youがないので、自分に、スタッフに、ファンに、全ての人に伝えたい楽曲なのでしょう。
→Purest Note+sing for youのような楽曲なのでしょう。きっと。

================================================
CDの発売日が楽しみです。
私のイメージする楽曲との違いが楽しみです。

【備忘録】OMASTAV-le meeldib【エストニア語】

【Kelleについて】
Kelle・・・誰の。「Kes(誰)」の格変化omastavにあたる単語。
Kellele・・・誰に。誰かにモノを渡す時などに使う(?)。 

 

例文) あなたはこのペンを誰に渡しますか?
Kellele sina annad sulle pastakat?

・「誰に」渡すのかを聞くので Kellele
・「あなた」に対して聞くので annad
・「Kelleleを使用しているので sulle

 

【meeldimaの使用】
meeldima・・・気に入る。

meeldimaの使用は他の動詞と少し違うので注意が必要。
<一般的な動詞の場合>
私は彼にペンを渡す
Mina annan temale pastakat.

<meeldimaの場合>
は彼を気に入っている。(I like him)
→Ta meeldib mulle.

はあなたを気に入っている。(I like you)
→sa meeldid mulle


あなたは私を気に入っている。(You like me)
Ma meeldin sulle


私はこのペンを気に入っていない。(I don't like this pen)
Mulle see pastakas ei meeldi.


私はこの料理を気に入っていない。(I don't like this dish)
Mulle see roog ei meeldi.


*******************************
彼は私を気に入っている。などのように見えるが、
彼は私にとってのお気に入りだ。と解釈が必要。

主語 + meeldima ▲▲ の場合、
主語は▲▲に気に入られている。
主語は▲▲にとってのお気に入り。
となるので注意が必要。
*******************************

 

【OMASTAV-le meeldibの決まった文法】
主語は●●が好き という文章の場合の決まり事

主語-le meeldi"b" ●● となる。

私は本を読むのが好き。
Mulle meeldib raamatuid lugeda.


私はエストニア料理が好き。
Mulle meeldib eesti toit.


彼は彼女と話すのが好き。
Talle meeldib temaga rääkida.


私の犬はこの骨が好き。
→Minu koerale meeldib see luu.

 

私の猫は毛糸の玉で遊ぶのが好き。
→Minu kassile meeldib lõngakeraga mängida.

【追記分】私と声優・アーティスト茅原実里さんの話

書き忘れていました。
追記分です。

 

【私にとっての茅原実里
簡単に言うと「前を向いた時に背中を押してくれる人」

 

だと思います。
他にもいろいろあります。
「知ることの出来なかった誰かをめぐり合わせてくれた人」
「元気にしてくれる人」
etc

 

でも最初のが一番しっくりくると思います。

 

今でも私の中の音楽はGLAYが大きいです。
次いで茅原実里です。
以降はGREENDAYロック系、メタル系、・・・・・

 

GLAYはとにかく明るい曲だけではなくて
沈むような曲もあって、全ての心の情景に寄り添ってくれます。
心のUP & DOWNのベクトルに沿った曲があります。

 

茅原実里は底から上がりきるまでに力をくれる曲が多いです。
だから頑張りたいときは茅原実里と聞きます。

 

GLAYやメタルやGREENDAYは心を燃やすのに非常に優れています。
茅原実里は心と体を躍らせることに優れています。

 

きっとこれからも茅原実里の楽曲でエネルギーをもらう事でしょう。
背中を押してもらい、心を躍らせて立ち向かっていくのでしょう。

私と声優・アーティスト茅原実里さんの話

こんにちは。
ついに今月に今のところのラスト音源、Recontactが発売されますね。

www.lantis.jp

www.minorichihara.com

 

音楽熱想を聞いて、私もみのりんについて語ろうと思います。
なぜかって?私にはそんな声がかかるわけないからこういう場所で言うんだよb
というわけで私にとっての茅原実里さんについて書いていこうと思います。

 

【これまで聞いていた茅原実里以外の好きな音楽たち】
少年期
私の音楽の始まりは親戚からもらった数枚のカセットテープでした。
私の親せきは年上ばかりで、色々な物をお下がりでもらっていました。
その中でカセットテープをもらい、お出かけ時の車内でよく聞いていました。
スピッツ、B'z、My little lover、etc
そんな時代でした。(だから年齢層は察してねw)

青年期
少年期の終わりから、親の影響で、世間の流行りでGLAYを聞きました。
後は時代でオレンジレンジBUMP OF CHICKEN、アクアタイムズ、マキシマムザホルモンなども流行っていましたし、聞いていました。
お小遣いをためて、CDを借りて、MDウォークマンに音楽を入れてましたね。
高校時代に友人たちと頻繁にカラオケに行っていました。
その時に友人がGLAY夏音を歌い、MVを見た時に
「見たことなかったけどこのMV好きだな」と思い、聞いていたけどそこまでではなかったのですが、
以降強烈にGLAYが好きになっていきました。
そこからはGLAYをはじめとして、ロックが好きになりました。

20代
GLAYが洋楽のアーティストThe Offspringの「The Meaning of life」をカバーしました。
そこから洋楽もジャンル問わず聞くようになり、NICKELBACKGREENDAY、OFFSPTINGなどが好きになりました。

 


茅原実里との出会い】
あれは高校3年生の冬でした。
私は校内で優等生(を演じ)でしたので、学年での成績は良く、公募制推薦も受けやすかったので当時すでに受験は終了していました。
そして私は理系選考でした。
故にクラスには自然とオタクが多く、休み時間に色々な趣味の話がされていました。
もちろんアニメオタクも例外なくいましたし、むしろそれが多数でした。
私の席の後ろでは「京アニが~」、「らき☆すたが~」という話が多かったです。
そして私はキョンのように後ろの席に座る人に話しかけました。
「高頻度で話しているけど、らき☆すたってそんな面白いんか?」と。
そう、その瞬間オタクは私の首根っこをつかむように、
「そうだな。非常に面白い。だがその前に涼宮ハルヒの憂鬱を見るのだ」
「そして困惑すると良い」
そして私は涼宮ハルヒの憂鬱に出会い、そしてハマりました。

しかし当時は長門有希茅原実里)よりも涼宮ハルヒ平野綾)の方が好きでした。
Twitterで見るようなパロディネタ漫画を描いているサイトを見たりしていました。
たしか「ハルヒかわいい」ってスケッチ調の同人漫画が好きだったと思います。
ああいう感じのスケッチ調って良いですよね。私は好きです。
並行して、各キャラソンを聞いていた時に茅原実里に引き込まれました。

 


【歌手 茅原実里との出会いとファンになるまで】
「なんだこの歌声は!」
「この歌声好きだ」
その感情は今でも思い出せます。

そこからはひたすら茅原実里という人の音源を探しました。
Contactというアルバムがあることを知り、購入を検討していましたが
簡単に購入せず、次の曲が気に入ったら購入しようかな。と逡巡していました。
結果Melty tale storageから好きになりました。
しかし、
CDは購入しませんでした。

Q なぜ購入しなかったのか。
A シングルに2曲しか入っていなかったからです。3,4曲目がインストはずるいと思っていました。以上です。

ちゃんとディスクを買ったのはParadeからです。
CDラックに入らない初回盤を購入し、フォトブックにうっとりし、一枚の紙を見つけました。
多分私の運命を決定付けた小さなモノクロの紙でした。
ライブツアーParadeの応募用紙
私は東名阪で応募し、名阪が当選しました。
大阪は地元の友人と行き、ライブ翌日に西宮の聖地巡礼をし、ライブに参加。
場所は端で見辛いし、音響も変にギターが強く聞こえてあまり聞き心地は良くなかったです。
前にも後ろにもオタ芸バルログがいてクッソ不快でした。
というのも、それまではGLAYのライブしか行っていないのでそういうノリに慣れていないのが理由ですが。
いや、名古屋の時は通路前の席で見やすかったはずなのに、マジで目の前でやられて非常に嫌な気持ちでした。
正直、今そういうのがいなくて居心地良いです。音楽に100%ぶつかっていけるので。
そういったライブの満足度も感じて、FCに入ろうと心に決めました。
お金がない学生で散々迷いました。しかし決心しました。
入会のサイトを開いた日、私はショックを受けました。3日前に受付が終了していたからです。
なので私のFC加入は2期目からになりました。

ちなみに、シングルはPRECIOUS ONEからです。
理由は3曲以上入っていたからです。以降のシングルは全て購入しました。

 


【ファンになってから】
私にとってのライブの基準はGLAYでした。
当時はデビュー15周年だったと思います。
その満足度をもっていました。なので当時茅原実里会場のギャップには非常に困惑しました。
しかもサマキャンはGLAYの翌週。「お金ないよ!」という理由で3年間不参加でした。
しかしお金をため、SALツアーはできるだけ参加しました。
NHK大阪2日間、栃木総合文化センター、市川市文化会館愛知県芸術劇場日本武道館
大ちゃんのピック手に入れたり、栃木で最前だったり、名古屋で5列目だったり、いい席多かった記憶があります。

KfDツアーはたしか当たったのに支払い忘れて参加できなかったんですよね。
カウントダウン11-12は参加して、大学の後輩と朝まで横浜で飲んでた気がします。

DFツアーもできるだけ参加しました。
松戸森のホール21大宮ソニックシティNHKホール
たしか大宮で「Lush March Smile!」からの出だしミスをやったんですよね。
あれは面白かったです。
ああいうミスがあるからライブは面白いんですよね。
そしてULTRAの日のオフ会に参加して初めて界隈で知り合いを作りました。
その時に知り合った人たちが行くから、という理由でサマキャン4に参加しました。

 


【河口湖ライブの思い出たち】
河口湖のライブに参加して思うことを箇条書きにします。
・楽しい
・滞在期間ずっとワクワクが止まらない
・涼しい
・肌をさす日差しでさえも心地よい
・みんな楽しそう
・幸せな気持ちしかない
・関東に帰りたくない
・また来年もみんなで会おう
・またここに来よう
そう思います。

各ライブの感想などは過去のブログで語っています。

asakiyumemishi.hateblo.jp

 


【ライブで思い出に残ったこと】
・サマドリ3(だったか)での陽ちゃんのMC
陽ちゃんが言っていた「この時間でみんなの気持ちが解放されていた。自分の感情をそのまま出していた」
そんな感じの事を言っていた。そのMCがとても思い出される。
そのMCで泣いた記憶がある。

・2019河口湖のFREEDOM DREAMER
「私はここで歌うよ愛の歌を」で指さしていたこと。

・サマドリ3のアンコールでの「生まれる明日のメロディ」
来ると思っていなかった。正直、SSA以降歌われることないだろうな。
位に思っていたので、最高だった。1曲号泣していたのを覚えている。
ロッコに乗っていたような気がする(覚えていない)

・奈落に落ちるみのりん

・サマドリ4での祝福
妻と出会って、IAツアーに行って、婚約して、妻は帰国前のライブ。
その時に婚約した事を言ったら「おめでとう」と言ってくれた。
アンコールのTomorrow's chanceでトロッコに乗って動いているとき、
私達に気が付いて改めて言ってくれた事も嬉しかった。

・Take the Offensiveツアー
そうなんだよ。箱でやるんだからさ。
密集して汗まみれになってモッシュしようよ。
あの熱気はさ、普段のライブでは味わえないじゃん。
そういうが経験できる会場なんだからさ。やろうよ(切実)
あえて悪く言うと、モッシュが起きることに苦言を呈してしまう。そういう会場のそういう文化を許容できず、学級会が開かれてしまうのはこの界隈の自浄作用の強さだと思う。
10年かけて自浄作用が培われたからこそ、みのりんやCMBが河口湖でみんなの前に最小限スタッフを携えて出てこられるのもまぎれもない事実。

・サマチャン(2018)のオルソンさんのいちご
オルソンさんのいちごのすぐそこに宿をとったので(そこしか空いていなかった)、開店と同時に向かったら
みのりんファンもそれなりにいて、外の席に案内された。
店の入り口がざわついているなと思ってみたら岩ちゃんと馬場ちゃん。
しかも私達の目の前に座る!?
二人がオーダーした後にお話ししてくれた。しかも1年前に柏のライブ会場で話したことも覚えていてくれた馬場ちゃんの記憶力に驚いた。
・・・・・・ライブじゃない

・フラグを回収するみのりん
HOPEFUL SOUL前のMCで難しいだの言っていたら歌詞を間違えて歌いなおす。
フラグ回収はえーよwと思った。
でもそういうミスがライブの楽しさ

・ブロックを飛ばすみのりん
・君がくれたあの日を歌いなおすみのりん

・サマチャン(2020)の光とカメラワーク
ファンであり、夜空であり、光る草原であり、銀河であり、希望の灯。。。
あの客席のライトは本当に良かった。
そしてカメラワークはライブなのにMVのようだった。
普段見えない角度からのライブ映像は本当に良かった

・サマチャン(2020)のOP,ED
長年積み重ねたものがそこにあった。
OPが一番感動したかもしれない。

・サマチャン(2021)の配信
ドローン導入は素晴らしいカメラワークで素敵

・サマチャン(2021)のすべて
お腹に響く音、震える空気、隙間風、色づいた会場、みんなの笑顔
全てが最高だった。
歌っていないのにみんなの声が聞こえた気がした。
応援しようとする、全身でライブを聞いている、みんなの視線が、エネルギーが見えていた気がする。
本当に久しぶりに音に色が付いた景色を見た気がした。
空気に香りが付いた、音に色がついた感覚は河口湖で味わえる宝物だと思う。

 


【Re:Contactに思う事】
一旦はこれが集大成となるのでしょう。
Contact以降の積み重ねが1枚に集約される。
それはベストアルバムのようなジュエリーボックスじゃない。
未来に向けて過去が積んできたすべてが詰まっているのでしょう。
そしてみのりんのここぞで発表される楽曲は優しい歌が多い気がする。
だからきっと優しくてあたたかいアルバムなのでしょう。

ちなみに私は手に入れるまで先行カットは聞きません。
最新の音源をまっさらなまま聞いてみたいと思ったからです。
妻は聞いたようで、なかなかな反応をしていました。
私も早く聞きたいです。

 

徒歩で日本を縦断する高校生の話

こんにちは。

先日、沖縄から北海道まで3か月余りをかけて日本縦断する!
と言っていた高校生がいました。

あってるかな?↓↓↓

twitter.com

 

ryukyushimpo.jp


良いですね。若い!!
私もそういうことやりたい(30代の叫び)

 

さて、どうやらそのことについて、ネットでは彼に色々と言っていましたね。
無謀だ。やめろ。自殺行為か。馬鹿か。時期を考えろetc
もっともだと思います。

 

でも私は「とりあえず自分のやれるところまでやってみろ」と思います。
やる前から駄目だというのは違うと思うんです。
確かに若い。コースも無謀です。
でも行けるところまで行って、日程の甘さ、コースの甘さなどを感じて途中で断念しても良いと思うんですよ。
そこに至るまでの行動や考えが彼を成長させると思います。
もうちょっと調べろとは思いますよ。
でも良いじゃないですか。日本を知ることができるんです。
それが糧になると思います。

 

というよりも、TLを見ていて、周囲の大人が頭ごなしにやる前から否定するのはどうなのかなと思いました。
義務教育は終了しているんです。ある程度は自己責任です。
考えて、やらせてみて、学ばせて、というのが大切だと思います。
一生忘れられないような経験をすることは大切だと思います。
気になるのは、お伊勢参りに片道15日間かかるらしいです。
3月半で行けますかね?

 

また、春に始めたら良いじゃないですか。
段取りを考えたらいいじゃないですか。
それまでに資金を集めたら良いじゃないですか。

 

言えるのは、
・自分の管理はしろ。
・法には触れるな。
・無理をすることと無茶をすることは違う。
・大まかでいいのでどこまで歩き、どこで泊まるかは考えておけ。
・最悪の逃げる場所は各宿泊予定地で把握しておけ。
ですかね。

 

結論がわかっていても、時にはやらせることも大人の務めかもしれませんよ?
まあ、私には無関係だからこんなこと言えるんですがね。。。

 

============================
そんな高校生のチャレンジで思ったんですが、
24hTVの時間内で、人間はどこまで歩けるのでしょうか。
同じタイミングで開始。
最低限の荷物を持ち歩く。
わかりやすいように、河川を上流へ向かう。

どれくらいいけるんですかね。
60kmくらいいけますかね?
============================