妻を追いかけて渡航した話

【仕事をやめた話】
梅雨のジメジメが不快に感じる6月。
私は妻を追いかけようとした。
仕事を辞めよう。
退職の旨を伝えた時、「退職ではなく、休職にしないか」と打診された。
私は妻を追いかけてみたい。
そしてこの会社を辞めたいんだ。
そう思っていたので、打診を断り退職を選んだ。

 

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私が退職を選んだ理由の話
私の昔の職業は農業でした。
社長と奥さんがいて、
私と仲良くしていた農場長と上司と私、後輩が数名(毎年入れ替わり)がいました。
社長はワンマンで「俺の言うことが聞けないなら辞めろ」のスタンスの人でした。
人としては普通ですし、パワハラは(下には)見せない人でした。
というよりもお気に入りの人には優しい人なのかもしれないです。

当時、「責任は俺がとる。好きにやれ」を口癖に農場長に色々やらせていた。
確かに、結果はうまくいかなかった。
しかし計画通りに業務は遂行した。
上手くいかなかったのは天候だった。
たまたま、本当にたまたま毎年連続で日照不足や大雨などで計画収量にいかなかった。
農協とも相談し、計画も、施肥量も問題なかった。

原因は他の農事会社もそうだと言っていた。
他の農家もかなり苦しんでいた。

しかし社長には関係なかった。
農場長をクビにした。
そして新たなお気に入りの後輩君を農場長にした。
そしてクビにした直後、ミーティングで農場長をこき下ろした。
「ああ・・・この人はお気に入り外にはマジで酷い人だな」
そう、以前にもこの社長はそうだった。毎回そうだった。
人を大切にしているようで、自分を立ててくれない人には冷たい人だった。
それが嫌になった。
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会社を辞めて以降、もとより気楽な心持だったのが、
もう一人の上司とまあ好き勝手しました。
もう一人の上司も私のやめた翌月に出向の契約を解除していたのでw
ちなみにその時の勤務は以下の感じです。
 6:00  出勤
12:00  お昼
13:00  午後開始
18:00  畑仕事終了
20:00  翌日準備、納品、野菜の一次加工終了
21:00  帰宅
週6日勤務。残業代なし!

 

ちなみに、多くの農業はそんなもんです。
多分畜産業もそうだと思います。
普通の企業だったら真っ黒です。
出も仕方ないんです。そういうもんなんです。
でもその話は別で・・・

アパートを引き払うために掃除の時間もないので、
お気に入り君と社長夫妻がいない時に捨てに行きました。上司と一緒に。

 


【妻と別れた最後の日】
私達は空港にいた。
空港には多くの人が日本から離れようと搭乗手続きをしていた。
見送る人もまた。
そして妻の友人も妻と同じように留学を終えて帰る人がいる。
日本で出会い友達になり、
それぞれが別の国に向かう。
その光景はとても不思議で、とても魅力的だった。

少しずつ減っていく仲間たち。
寂しさと素敵な思い出を湛えた笑顔を見せる仲間たち。
本当に素敵な光景だった。

 


エストニア渡航
皆さんは9月をどのような季節だと思うだろうか。
残暑が続く熱い季節
彼岸に向かい朝晩の涼しい季節
露地栽培の夏野菜最後の収穫期
台風の襲来

 

9月のエストニアは完全な秋だった。
日本を出る時、シャツ一枚か長袖シャツで十分だった。
ロシアの空港で乗り換え、エストニアの空港を出た時は20時だった。
そして寒かった。
気温は10~15度くらいだっただろうか。
一気に皮膚が引き締まる寒さを覚えた。

 

そしてもう一つ驚いたのが明るさだった。
20時に到着したのに16時くらいのような夕暮れ時だった。
「これが北国の夕暮れ時なのか」そう思った。
そこから3ヶ月あまり滞在した。
日々短くなる日照時間。
最後の方は9時ごろに日が出て、15時には黄昏時だった。
兎に角眠くなる。
そして部屋は暖かいがベランダは極寒だった。
帰るころには最高気温は0度近かった。

 

その2年後、私は再び12月のエストニアに赴いた。
私は2021年まで寒いエストニアしか行っていなかった。
だから私にとってエストニアは寒く暗い国の印象が強かった。

エストニアのクリスマスマーケットは本当に素敵だった。
日本のクリスマスマーケットが本当になんちゃってに感じるほどに・・・・・(しょうがないよ北欧だもん)